読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

文字では腹は膨れない

でも栄養にはなるのです

ペン回しが教えてくれたこと①

「一見意味のないものでも、突き詰めていけば意味のあるものになるんです。」

とある人の言葉であるが、僕もこの言葉をどこか胸の片隅に置き、一見意味のないものを突き詰めていった。

その結果、それは確かに僕の人生に置いて大きな意味のあるものになった。

--------------------------------------------------------------------------------------

僕とペン回しとの出会いは中学1年の頃に遡る。

「この動画やばくね?」

当時の中学生はまだ携帯電話なんて持っておらず、連絡手段といえばPCのメールしかなかったそんな時代。

当時の友人から一斉送信で届いた1通のメール。

僕のペン回し人生の始まりだった。

その時そのメールに添付されていたのは界隈では有名な「JapEn 1st」。

本当にいろんな意味で衝撃を受けた。

少なくとも自分の知っているペン回しではなかった。

指ってこんなに動くのか、こんなに操れるのか、なんでこいつらはペン回しなんて意味のないものを極めているのか。

意味は分からなかったが、なぜか無性に惹かれてしまった。

それは当時仲の良かった友人たちも同じだったようで、仲良し4人組でペン回しを始めることとなった。

それからというもの、みんなで動画を見漁ったり、休み時間には集まって練習をしたり、

回しやすいペンを探し求めて文房具屋巡りをしたり。

各々、勉強も部活もある中だったが、ワイワイと楽しんでいた。

そんな奴らがいると当然、その様子は波及し、数ヶ月経った頃、学年全体でペン回しが流行ってきた。

授業中、あちこちから聞こえる、ガチャッというペンが落ちる音。

授業そっちのけで手元に集中している人。

学年全体に悪いブームを巻き起こしてしまったのは明らかだった。

ただ、後悔はしていない。

人は皆、何かしらの才能を持っているものだ。

もしかしたら周りの彼らの中にもペン回しの天賦の才を持った人がいるかもしれない。

周りの彼らが少しでもペン回しを齧って見てくれたことは、その才能を埋没させずに済んだ、ということで喜ばしいことだと思う。

その機会が授業中であることが適切なのかということは目を瞑りたい。

 

それから時は過ぎ、クラス替えを経て中学2年、3年と進んでいくにつれ、

最初に始めた仲間たちはペン回しを辞めていき、最終的に僕一人になった。

ただ、もうその時には、ペン回しの魅力に完全に取り憑かれており、

たとえ一人であろうが、辞める気は毛頭なかったし、どうすれば早く有名になれるのかばかり考えていた。

 

この頃、技術を磨いて上手くなることよりも、有名になることの方に意識が完全に向いていた。

早く有名になりたい。

早くあの人たちと同じ土俵に立ちたい。

そういった想いが溢れた結果僕のとった行動は、

誰もやっていない分野のことをやる、

というものだった。

小技が上手い人はこの人、あの人、大技が上手い人はその人、のように、

どの分野にも高い技術力を持った先人達がいたその時代。

正当なルートで戦いを挑んでいてはいつ成り上がれるのか分からない、

それなら自分で分野を作ってしまえばいい、という選択だった。

ただ、それはコツコツ努力するということを避けた逃げの選択だった。

僕が開拓を試みた分野は、誰も繋げないような技を繋げたり、

誰もが思いつかないようなことをする、一言でまとめると「奇抜」だった。

中でも最も多用していたのは、ペンを止める、という行為。

いかに美しく回すかが基本のペン回し。

その中で敢えてペンを静止させるタイミングがあったら面白いのではないか。

という安直な理由で静止技を自らのスタイルに取り入れていった。

その結果として、確かに少し知名度は上がった。

確かに上がったのだが、そこで打ち止めになってしまった。

そのベースとなる基礎力が足りなかったのだ。

静止技はウケたし、あいつ、面白いことしてるじゃん、という評価を得ることが出来た。

しかし、大衆を満足させ続けられるだけのバリエーションを生み出すことが出来なかった。

基礎を疎かにして目先の栄誉に飛びついた結果、得られた栄誉に対して自分の実力が足りなさ過ぎたのだ。

そこからは当然飽きられていく。

いつも同じような動画。

こいつまた静止技か、いい加減飽きたな。

だんだんと飽きられていった。

匿名の掲示板などでの自分の評価を目にした時、自分の愚かさに気付いた。

ああ、楽をして名声を手にするなんて無理なんだなと。

基礎の鍛錬、地道な努力があってこそのものなんだなと。

 

数学の公式はとても便利なものだが、

その公式がどのように導かれたものなのか、

どういう定理を利用して成り立っているものなのか、

基礎の部分の理解が出来ていないと少し形が変わっただけで応用できなくなってしまう。

 

卓球のサーブも、今までに見たことのないような変則サーブを生み出せば、

最初のうちは点が取れるかもしれない。

ただ、基礎としての技術がない状態では、それが打ち破られた瞬間、為す術無しである。

 

先人の考えた便利なものを享受する、

思いついた目新しいことをやってみる、

瞬間的に見れば有効な手段であることは間違いない。

ただ、何の考えもなしに思考停止でその行動をとると、どこかで必ず打ち止めが来る。

勝ち続けたいのなら、成功し続けたいのなら、

まずは自分のコアとなる基礎をきちんと固めなければならない。

コアがあってこそ、それは生きてくる。

コアのないままそれを続けていると、先人の後ろを追いかけるだけでいつまでたっても最前線には立てない。

瞬間的な活躍はするかもしれないが、一発屋で終わってしまう。

真に上に行きたいのであれば、一見遠回りかもしれないが、

地道に基礎を固めることが最も近道なのだろうと僕は思う。

 

下手くそながらそこに気付き、

基礎を磨き直した結果、自分が最も活躍できるスタイルが見えてきました。

それは当初目指していた奇抜なスタイルではありませんでした。

その過程でも色々と学ぶことがあったのですが、

これに関してはまた次回。